最新のハマブンカフェ

〇  第15回ハマブンカフェ 10月23日(土)20時~22時 テーマ「嫉妬あるいは妬み」    (リモート会議)

参加は15人。
言葉の定義:嫉妬は自分の持っている何かを奪いにやってくるかもしれない可能性を持つ人を排除したいという感情であるのに対し、妬み嫉みは自分より上位の何かを持っている人に対してその差異を解消したいという感情。
このような了解のもと、嫉妬、妬み、嫉み、あるいは羨望、カインコンプレックスなどの感情にまつわる会員の意見が出された。会員自身の経験の他にゲーテの「若きウェルテルの悩み」、漱石の「こころ」「それから」、島尾敏雄の「死の棘」、安珍清姫伝説などの文学作品を例にあげた分析があった。
嫉妬をはじめとしたこれらのネガティブ感情は、通常は目を背けたがる感情であることから、文学的に追求するのにふさわしいという意見。嫉妬は相手と競争できるような(同等な)人間関係の中で生まれる感情であり、かけ離れた相手に対しては生まれないという意見。例えば、兄弟姉妹間、友人間、職場や老人ホーム内のような小さな世界から国家間のような大きな世界でも発生するということ。その他、意識されない嫉妬心、体験できなかった人の(例えば災害体験、戦争体験を)体験者への嫉妬心なども話題となった。(文・芦野信司)

〇  第14回ハマブンカフェ8月28日 20時~22時  テーマ「幸福感について」   (リモートカフェ)

 参加者は12人。「哲学カフェ」として、司会者からルール説明があった。
・テーマは、スタート時に参加者から募り、多数決で決定する。
・何を言っても良い。
・人の意見を否定しない。
・知識でなく、経験を話す。
・互いに問う姿勢をとる。

テーマを決めるにあたり、ある会員から精神科医の会員へ質問があった。
Q. 人間が幸せと感じるには、セロトニンやオキシトシンなどがあればいいのか。幸せホルモン剤を服用すれば、簡単に情動や愛情が生まれてしまうものなのか。
A. 還元主義的に言うと、幸福感はセロトニン、ドーパミン、アドレナリンが影響していて、投与によってストレスが軽減される。オキシトシンは男女、親子、犬との関係(犬のオキシトシンは、猫の10倍)などで出る愛情ホルモンである。特に母子の間で強く出る。

このQ&Aをきっかけに、幸福感はどのように生まれるのか、参加者にとっての幸福とはどんなものかを語りあうこととなった。テーマから、精神科医のW会員(以下W)が談話を助言していく流れとなった。

・犬好きなので、犬が寄って来る。日本人は恥の文化なので、誰かにそばにいて欲しいということを恥と思うのではないか。
・誰かに甘えられない人は、アダプティドチャイルド(従順な子ども・AC)。甘えられる人は、フリーチャイルド(自由な子ども・FC)。FCならば、相手によって子ども返り退行ができるので鬱などになりにくい。 (W)
・誰かにいて欲しいのは、オキシトシンの欠乏なのか。
・人の気配を感じる環境にあることが重要。精神学的には、愛情を求めるオキシトシンは、異性の親を求めることに還元される。(W)
・女房といる時が一番楽。若い時は違ったが、いつの間にか一番楽な存在になった。
・犬や猫は、人間に代わるものなのか。
・配偶者よりペットに癒される人は、かなり多い。(W)
・やはり長年一緒にいた妻。孫娘といるのが楽である。セロトニンが入れば幸せが更にアップするのか。
・セロトニンは鬱などの人を元に戻すのに効果を発するもので、普通の状態の人がもっと幸せになるのは、
麻薬とかしかない。(W)
・オリンピック、パラリンピックは無観客。高校野球も。客席の応援が無い状態で結果を残している選手たち。人間は人がいなくても力が出せるものなのか。たとえば人に読んでもらえない本を書くということは?
・心理学者マズローの「欲求5段階説」を思い出した。(生理的⇒安全⇒社会的⇒承認⇒自己実現の5段階)。欲求が満たされると、段階順に次の欲求を満たそうとするという説である。
・幸福感、満足感は年齢によって違う。幸福感は幸福な時には感じない。振り返ってから考えるものだ。
・相手がどう感じているのかが気になる。自分が意図したことが伝わらないのが、今の悩み。
・自分は癌サバイバー。飼っていた犬が自分のガンを持って行く形で死んでいき、ガンは消えた。
・同じく癌サバイバー。怖いものが無くなり、幸不幸を感じることが無くなった。
・歳をとって癇癪を起したり、思いやりが無くなる人について知りたい。
・「ここだけはやらせてもらう」的な自己調整したフリーチャイルドなら良い。我々に必要なのは寛容性。(W)
・コロナ禍で観客が減った問題は、人類の転換期。人間も原始的感覚に耐えられなくなっているのかもしれないと考えると興味深い。
・修学旅行生の様子をニュースで見た。フェイスシールド越しの縛りある行動を課せられ、気の毒。それでも幸せと思っている? 悲しい?
・修学旅行に行けたというだけで、それは大きな体験になるはず。
・それでも修学旅行に実際に行くのは、アナログの幸せだ。バーチャルの旅行は、デジタルの幸せ。
・アナログの幸せは、バーチャルの幸せより上。ホルモン的にも違うものが出る(W)
・デジタルが主流になる危機感がある。
・デジタルはツール。男女関係はデジタルでは無理。動物的な嗅覚と触角は大切。消臭文化は問題あり。社会構造が変わって来て、今の若者がちょっとヤバい。関係性が変になっている。(W)
・小学生の孫たちに、リモート越しに面白い扮装をして見せ遊んでやる。今の子どもたちは、人と触れあえなかった時間に何をしていたのかが、大人になった時に影響してくると思う。
・シンガポール在住の孫(幼児)と、夫婦そろってリモートで繋がっている。コロナ禍で長く会えていないが、毎朝のように画面越しに顔を合わせているから、実際に会えた時も怖がらずに接してくれそうだ。
・遠距離恋愛は、今はリモートで繋がれるようになった。
・若い人のアンケートを読む機会があった。今の大学生たちはコロナでずっと学校に行けず交流出来ない辛さを抱えている。一方で、大学の先生がオンライン授業によって、新しい体験を重ねる意味に気づかされている。
・(大きな文学賞を受けた会員に対して、その時は最高の幸福でしたか? と質問があがった)
受賞は、いきなりお日様の下に引っ張り出されて、地獄のストレスとなった。新婚旅行と重なり、妻ともぎくしゃく。ティーンエイジャーの時に病気で四年間寝ていた時がいちばん幸せだった。今も布団の中に入る時がいちばん幸せ。これがあればすべての人が幸せを感じるというものは無いと思う。
・自分の体が自分の思いどおりに動くことが幸せだったな、と思う。テニスをしていた時は脳の指令どおりに体がついてきた。
・人に自分の本を読んでもらうことか幸福。感想がきけて嬉しい。
・アニメの美少女や推し(押し)のタレントに燃えるのは、オキシトシンが出ているのか。
・二次元にもオキシトシンは出ています。(W)
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幸せホルモン、犬のオキシトシンパワー、アナログとデジタルの幸せ……。各自の体験にQ&Aが絡む談話となった。今なおコロナ禍のリモートカフェ。デジタルの集いが続いている。W会員の「アナログの幸せはデジタルの幸せよりずっと上」の言葉が重い。早く「生カフェ」が出来ますように……。 (文・かがわとわ)

○  第13回ハマブンカフェ6月26日午後8時より テーマ 「様々なハラスメント」(リモート会議)

参加は15人。ハラスメントは一説には35種とも60種とも種類があると言われている。定義が混乱しているのか、言葉が一人歩きしているのか、その実体を捉えるため、会員の身近な体験を通してハラスメントを見つめ直した。

・教え子にトランスジェンダーの子(肉体的には女であるが精神的には男)がいて、クラスの自己紹介で「男なんです」と言われた時、「うそつけ」と反応してしまった。実情を知り後で謝ったが、当時は性同一性障害があまり意識されていなかったためホモネタなどで教室の笑いを取ったりしていたので、不用意な発言で生徒を傷つけたことがあったのではないかと危惧している。
・昔は本人がいじめられたと言っても学校が認めなかったが、今は簡単にコンプライアンスに関わる問題として認められてしまう。あまりに過敏になっているのではないか。いじめを自力で克服しようということがなくなりひ弱になるのではないか。いじめる側もいじめられる側も互いに相手の身を想像できるようになればいいと思う。ハラスメントがあったということでプツンと切れてしまうことは、人間の関わり方として疑問だ。
・時代的な違いがあり、OLだった40年前はひどかった。触られる。クリスマスケーキ(25歳が限度)と言われる。結婚したら辞めることが入社の条件だった。酒席ではお偉いさんにお酌したり、たばこに火をつけたりすることを強要された。
・派遣社員をやっていていろいろな職場で働いてきたが、その管理者と溝が生じることがある。自分の子供と同じぐらいの年齢の管理者にぞんざいな扱いを受けても契約期間中は我慢している。パワハラの相談窓口はあるが、一個人となると言えない。
・海外で女の子を6人続けて産んだので、子育て中はずっと世間からハラスメントを受けてきた。慈善団体に参加していたが、日本にいたら女性はこんな活動はできなかったでしょうと散々男性から言われた。そんなことがあって、それを跳ね返すために強くなった。日本の男性が自分の威を誇示するため地元の支配人格の女性にお酒を注がせる場面に遭遇した。これはハラスメントというより差別ではないかと思う。
・いま暮らしている家は山の中にあり、隣接して動物園がある。ところが、台所の直ぐ近くに馬小屋ができた。私は動物アレルギーがあるし、臭いがどうにもならないほどひどいので、園長に掛け合った。園長は善処してくれたので問題は解決したが、自分たちはいつも動物と一緒にいるので臭いに気づかなかったという。この場合と同様に、気づかないで誰かにハラスメントをしてしまっていることがあるのだと思う。
・いろいろなハラスメントが言われているが、明確にハラスメントと言われるのは、権力の上下差がある関係の中で強者が弱者に嫌がらせをしたり、人としての尊厳を傷つけたりことを指すのだろう。
・ハラスメントは、圧力に対抗したり笑いや他のことに転嫁したりできない弱い立場の人に深刻な問題。いじめられることにはメカニズムがある。いじめられた人は自分が悪いと思わされている。他人に訴えると、ちくったと言われ、またいじめられる。セカンドハラスメントになる。いじめる人は正義を後ろ盾にして人を責める。正しいことを言えば良いということではない。どういう風に言ったら良いかが問題だ。弱者に自尊感はないかもしれないが、自尊心はあることを忘れてはならない。

 この後、ハマブンカフェが当初目指した哲学カフェ的活動と違っているのではないかという意見があり、参加者から多くの意見が寄せられた。意見の違いを越えてカフェを続けることが重要であり、いずれリモートの利点を残しながら、より多くの参加者が直接合って話し合えるカフェが復活することを期待して止まない。(文・芦野信司)

○  第12回ハマブンカフェ   テーマ「孤独」4月24日午後20時〜  (リモート会議)

・参加は18人。会員の個人的体験をベースに精神科医である渡辺会員の専門的知見を挟んで、深淵なテーマを多方面から考えることができました。

・日本人は欧米人に比べて孤独を感じるパーセンテージが高いというテレビ番組での情報があり、リモート会議参加者に「孤独は好きですか?」という問いかけをしたら、多くの参加者が挙手した。そして、どのような孤独なのかと問うと、「ツアーへの一人参加」「週4日の仕事上の単身里帰り」「週3〜4日の単身山小屋生活」など、自分の時間として大切なものという肯定的な孤独から配偶者の死や自らの病気によるものというネガティブな孤独まで幅広い体験が報告された。
・孤独を一人でいるという物理的な事象だけで捉えるのは違うだろうという意見が出た。ある小説家は、自分がいつも仲間と群れることができないのは自分が引っ込み思案だからと思っていたが、ある時自分は他人から離れて目立ちたかっただけだと悟ったと言う。あるいは、探検家の植村直己は孤独だったのかといえば、そんなことはありえない。死をかけた探検を世界中が注目していた。夢を追いかけていたり、心の中に誰かを想定できるような内的対象がいたりする場合は、孤独とは言えないという意見が出た。
・「孤独」の「孤」の元々の意味は親を無くした子であり、「独」は子を無くした老人だという。孤独の意味を突き詰めれば、好んで一人を求めるような選択の余地があるものではなく、愛し愛される存在を喪失し孤立する状態を指しそうだ。女性会員三人から報告された配偶者の死を起因とした深い喪失感と絶望感は会議参加者の心を打つものであった。また「自分を孤独と感じたことがない人は、人を愛せない」という瀬戸内寂聴氏の言葉が紹介された。
・愛と孤独の先に浮かんでくる生と自殺の問題について、生の本能と死の本能の話が渡辺会員から説明があった。レミングの研究では、自殺には遺伝的要因もあり、フィリピン人は日本を含めた他の周辺の民族より自殺を防ぐ遺伝子が強いという。
・孤独の性差に関し、男性会員から、群れを作る女性に対し群れをなさない男性の性は孤独であるとの意見があった。単独行動を取る動物のオスの姿を定年退職後の男性サラリーマン像に重ねる意見など。これに対して渡辺会員から、女性の方が強いコミュニティーを作ることは事実であり、それに対しコミュニティーを作れない高齢者男性の孤独が問題となっていると指摘があった。仕事をしているうちは良かったが、やることのなくなった男性は、自分の孤独に向き合うこととなる。そして、これまで忙しさに逃避していたことに気づく。妻に先立たれた夫の5年以内の死亡率は、そうでない場合の1.4倍となっている。それに対し、女性のデータは取られていない。つまり、そこに問題はないということ。
今回のカフェトークの中で、孤独に関する本が三冊紹介された。
「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ著 「おらおらでひとりいぐも」若竹千佐子著 「在宅ひとり死のススメ」上野千鶴子著

○ 2月27日午後14時〜   第11回ハマブンカフェ  テーマ「最初と最後」         (リモート会議)

・参加は13人。2021年になって初めてのカフェ。今回が初めての参加という方もいて、「最初と最後」のテーマで、脱線しながら自由に楽しく語り合いました。

「食事の時、何を最初に食べるか」について
・兄弟が多く食べ物が不足していた幼児体験から、好きなものから食べてしまう方。幼児体験とは関係無しに、おいしい物から食べたら、次に食べる物は残った中で一番おいしいものだから、常にベストチョイスができているということになるとの説。
・食事にもストーリーがあって、一番好きなものは真ん中ぐらいに取っておきたいという説。どうせみんな食べなければならないなら、嫌いなものからさっさと片づけたいという声も。昔は嫌いだった野菜。最近は野菜から食べているが、だんだん好きになってきている。体にも好良いしね。
・テーブルマナーとして、お汁、ご飯、おかずでしょ。しつけと言えば学校の給食が食べられなかった。いやなものはポケットに隠して、帰りがけに捨てていた。給食が食べられないと居残りでにらめっこしていた。今の時代なら、いじめだと言われて親からクレームが来るところ。
・食べ物によって流儀があるという意見。駅弁は一番にご飯を食べる。ラーメンやそばは汁まで全部のむ。塩分の取り過ぎと言われようと、それが自分にとって一番おいしい方法。ケーキを食べるとき、まわりを包んでいるセロファンを舐めてしまう。いや、皿まで舐めるというという方も。最近ホテルのバイキングに孫たちと行ったのだが、孫の一人がマシュマロばかり食べる。それでは元が取れない。金銭的価値のあるものから食べなさいとしつけている。
「あ・うん」について
・向田邦子の小説に出てくる複雑な女性像の話題から、松任谷由美の「魔法のくすり」の歌詞の一部「男はいつも最初の恋人になりたがり、女は誰も最期の愛人でいたいの」の話題に飛び火。最期の介護をしてくれる看護師がもてるのもうなづけるという話になった。彼女たちはMでしょうという観測に対し、S 系の人たちも結構多いという内部告発。
・最初の恋人として浮上したのが「先生」という職業。中学男子に「一緒に帰ってもいいですか」と誘われた経験(女性メンバーから)。男性メンバーからは、女生徒は共謀して演技する場合がある。若い先生は本気なのか演技なのかの区別つかなくて真面目にとってしまうことがある。また生徒も若いので勘違いするという経験談。
・最初のデートは末廣亭に落語を聞きに行ったという経験。その時急に司会の月の家圓鏡からインタビューされ、隣のデート相手がバックで顔を隠していた。それにテレビカメラにも映されたらしく、それっきりになったという。これは複雑な女性像ではなさそうだが。
「宇宙の始まりと最後」について
・物理の壮大な話題から、ローマ法王が物理学者に言ったという宗教との関わり方。「ビッグバンの後は研究してください。ビッグバンの前は研究しないでください」これは英知なのかジョークなのか。
・宇宙人の有無の可能性の話から、地球に飛来した宇宙人から人類が生まれたという説、昆虫の宇宙飛来説、タンパク質以外の物質からなる生命体説。生物と無生物の中間体と言われるウィルスまで話題が広がると、自然破壊が進んでシベリアの凍土やアマゾンの奥地から未知の病原菌が現れるのではないかという説も。
・コロナワクチンに話が及ぶ。受けるのか否か、もうすぐ選択を迫られる。
「セント・アンドリュースゴルフコース」について
・イギリスのゴルフは、コースは共有でクラブハウスの経営は別になっている。コナンドイルはゴルフコースのすぐそばに自宅を構えたという。クラブハウスを使わなければお金はかからない。その代わりにクラブハウスは様々なものがあり、男性専用とか女性専用のハウスもあるという話。
・そこから森元首相の女性蔑視発言と性差別の話題に転化。男言葉と女言葉の違いに話が及んで話題沸騰。江戸時代では男女の言葉の違いは無かったという説。落語でも無い。中国語でも無い。俳句は短すぎて無い。女言葉が生まれたのは明治期ではないかという説。岡本綺堂の文では女性を指す場合でも「彼」を使っていた。英語ではheとsheの違いがあり、その訳として彼・彼女の違いができたのではないかという説。いやいや、女言葉とはもともと丁寧語であるだけで、昔から変わらないのではないかという説も。
・結論がつくような話ではないが、差別語の取り扱いについては、多くの意見が出された。
・日本の男社会の中で隠れているが、すばらしい能力の女性がいたかも知れないという話題に対しては、江戸の武家では奥方が家の財政を握り家政をすべて取り仕切っていたので、実は権力を持っていたという紹介があった。外国の人から日本の女性はかわいそうだと言われる時、それは違うと言っている。
・一方で昔からの慣習で、何となく夫を立てなければならない。世話をしなければならないというところが女性にはあり、男性もお世話されて当たり前という意識はないかとの女性メンバーからの突っ込みに対しては、急に男性陣は黙ってしまった。それはどう解釈すべきなのか。(文・芦野信司)