俳句の勘どころ

俳句に親しんでみようとすれば、俳句という世界に入っていくわけですから、おのずと俳句とはどんなものか、そのイメージがまずは自分の中にでき、そして親しむにつれて、季語などの約束事や表現の原則みたいなものが次第に身につくものです。文芸にそんなルールみたいなものは必要ないと考える方もあるかもしれません。しかし、ルールと言っても法律のようなものではなく、良い俳句に共通する原則と考えたらいいかと思います。ハマブン句会の投句者がそんな原則を知る手助けになればと思い、テーマをピックアップしてお話ししたいと考えています。第一回は「説明をしない」ということで述べてみたいと思います。

1回.説明をしない
 俳句は五七五、十七音の詩です。散文とも短歌とも違う性質を持っています。十七音しかありませんから多くを語れません。説明したらとても十七音では足りません。十七音で作者は一つの景色を提示します。自然のありさまや人間の営みなどが提示されます。そこに作者の気持ちが込められます。從って、悲しい、嬉しい、美しい、がさつだ、などの表現はしません。景色の中で解かってもらうということです。また二重になる表現は避けるべきです。
 投句の中からその点を改善すべきかなと言う句をあげてみますと

 ブロックを握りて這い這いしてをりぬ
 この句はあかちゃんの状況を説明しています。どこで説明を感じるかと言うと、「握りて」の「て」と「這い這いして」の「て」、そして「をりぬ」です。「握っている状況ですよ」「這い這いしている状況ですよ」と言っています。こう言われると「そうですか」と反応したくなります。でも微笑ましいです。景色はいいですね。少し替えてみると整います。一つの例ですが
 ブロックを握り這い這い春隣
季語がなかったので春隣としました。これで赤ちゃんの状況はよくわかるし季節感も出てくると思います。
                                                     (折山正武)

第2回 歴史的仮名遣いと現代仮名遣い

俳句の選者の指摘の中でよく見かけられるのが、仮名遣いの問題。歴史的仮名遣いに時々現代仮名遣いが混じってしまうことだ。『旧かなづかひで書く日本語』(萩野貞樹著・幻冬舎新書)によれば、[ハ行動詞](例:云ふ、給ふ、数ふ、合ふ等)と[ゐる]を使えれば、八割がたはカバーできるという
●第一に覚えるのは、ハ行四段活用(云ふの例)
 未然形  連用形  終止形  連体形  已然形  命令形
  いは   いひ   いふ   いふ   いへ   いへ        
●第二に覚えるのは、現代仮名遣いで下一段活用の動詞は歴史的仮名遣いで下二段活用となること(数ふの例)
    未然形  連用形  終止形  連体形  已然形  命令形
現代  数え   数え   数える  数える  数えれ  数えろ
歴史  数へ   数へ   数ふ   数ふる  数ふれ  数へよ
●第三に覚えるのは「ゐる」のワ行上一段活用(居るの例)
     未然形  連用形  終止形  連体形  已然形  命令形
     ゐ    ゐ    ゐる   ゐる   ゐれ   ゐよ 
もちろん他にもたくさんあるので、覚えるのは大変。筆者はまず声に出してみて、こんな感じだったかなと考えてから電子辞書で確かめている。
さて、それではなぜこんな思いをしても俳句は歴史的仮名遣いが主流なのかと問われれば、現代仮名遣いより簡潔で美しいからだと筆者は思っている。現代仮名遣いは戦後の産物であり歴史が浅い。それに比べて歴史的仮名遣いで書かれた歴史は圧倒的に深く、書きことばとして洗練されている。
3月の選者の句として現代仮名遣いの句を出させていただいた。その第二句「あゝのどか錆びた自転車通る音」は、もともと「のどけしや錆びし自転車通る音」だった。ただしこの句には文法的誤りがある。「錆びし」が間違い。「錆びる」の歴史的仮名遣いは「錆ぶ」。「錆ぶ」の連体形は「錆ぶる」。しかしこの語はあまりに古い。それでいっそ現代仮名遣いにしてみようと思った次第。しかし、上五の「のどけしや」も変えなければならないとなった時、はたと困った。「のどかだな」。これでは小学生の句になる。それで「あゝのどか」としたわけだが「のどけしや」の言葉としての美しさに比べたら分が悪い。切れも悪い。
筆者自身は初めて現代仮名遣いで作句してみて少し面白かった。歴史的仮名遣いではできるのに現代仮名遣いではできないというギャップ。当分、現代仮名遣いでの作句も楽しみたいと思う。
                                                        (芦野信司)