第2回文芸講演会 2022年5月14日(土)午後2時~  講師 荻野アンナさん


文芸講演会は2019年5月に第1回を開催したあと、20年、21年と新型コロナ禍のために中止になり、やっと今回、第2回講演会開催の運びとなりました。 講演会の様子は以下の通りです。
 日時  2022年5月14日(土)  開演午後2:00~4:00
 場所  横浜・かながわ労働プラザ3階多目的ホールA
 講師  荻野アンナさん(芥川賞作家・慶應義塾大学名誉教授)
 演題  文学 アンナ話こんな話――ラブレーから落語まで
 入場者 82人
 開会の挨拶=桐本美智子代表世話人 司会と講師紹介=藤原喬会員

荻野アンナさんは芥川賞を初め多くの文学賞に輝く作家でフランス文学者でもあるが、駄洒落好きとして知られ、落語家に入門して高座に上がることもある。それだけに講演では、日本人には馴染みの薄いラブレーを取り上げたにもかかわらず、会場はしばしば笑いに包まれた

アンナさんは「私は中身は日本人ですが顔は外国人なので、タクシーに乗るとよく運転手さんに『日本語、お上手ですね』と言われます。『日本は長いんですか』と聞かれるので、『ハイ、60年以上ニナリマース』と思いっきり英語訛りで答えたり、日によってはフランス語訛りにすることもあります。こうやって外国人の真似をするのが密かな楽しみの一つです」と、のっけから笑いを取った。講演の後の方で話は落語におよび、「落語は『枕』『本題』そして『落ち』の三つの部分から成り立っている」と説明したが、まずは「枕」というところだろう。
アンナさんの父親はフランス系アメリカ人だが、母は日本人で、生まれた時から横浜で育ったので母語は日本語。フランス語は大学に入ってから学んだ。「なぜフランス語を始めたのかというと、学校の図書館に入り浸っていた15歳の時、フランソワ・ラブレーに出会い、原文で読みたいと思ったからです」
「そのころ国語の授業では、贅肉をそぎ落とした文が名文とされていました。例えば川端康成の『雪国』は『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった』となります。この簡潔さの対極にあるのがラブレーの文体でした。ガルガンチュア(後述)は少年のころ『飲んだり・食べたり・眠ったり、食べたり・眠ったり・飲んだり、眠ったり・飲んだり・食べたりしていた』となります。1行でいいところを3行に増やしている。〝3行革命〟です 。私はこの荒唐無稽な巨人の話に夢中になりました」
そしてアンナさんは慶應義塾大学でフランス文学を学び、大学院を出るとフランスのパリ大学に留学、ラブレー研究で博士号を取った。「15歳の少女が30歳になっていました」

この後、プロジェクターを使って「紙芝居ラブレー」と称するギュスターヴ・ドレの挿し絵を次々に披露しながら話を進めた。その表紙はなぜか豚の絵。「私、豚コレクターなんです。私の部屋はさながら豚小屋です」。そう言えば講演終了後、アンナさんは受講者の求めに応じて自著にサインをしてあげたが、それぞれに豚のイラストを添えていた。
さて、本論のラブレー。「日本では知っている人は少ないのですが、ラブレーはフランスでは誰もが知っているルネサンス期の有名なユマニスト(人文主義者)です。Tシャツの柄にもなっています。彼はまず修道士になり、それから医学を学んで医者になりました。これは便利なんですね、患者に向かう時は医者で、それがダメになったら修道士になればいいのですから」。こうして会場の笑いを取りながら、ラブレーの初期作品『ガルガンチュワ物語』と『パンタグリュエル物語』の中のエピソードを次々に紹介した。
「この父と子はともに巨人で、日本で言えば民話の〝だいだらぼっち〟でしょうね」。その巨人ぶりは、例えば父親は赤ん坊だったころ授乳に17,913頭の牝牛が必要だったという。息子も負けていない。その乳牛をむしゃむしゃ食べたという。さらに、息子の従者まで登場するので、よく聞いていないと誰の話をしているのだか分からなくなる。

(「牛を食らうパンタグリュエル(ギュスターヴ・ドレの挿し絵)」)
こうして〝ラブレー早わかり〟が終わると、講演は、20年ほど前から興味を持つようになったという落語の話に移る。11代金原亭馬生に入門、金原亭駒ん奈を名乗り、今は二つ目だとか。「私のような者が入門して、師匠は困るなあ、困んなあ、駒ん奈」というわけ。「なぜ落語に惹かれたかというと、ラブレーに繋がる世界を見つけたからです。落語は生きた言葉の芸術で、フランスにも分厚い本を書いた研究者がいます。落語家は一人ですべての登場人物を演じ分けます。用いる道具は一本の扇子と手拭いだけ」。そう言ってアンナさんは扇子を手紙や煙管に見立て、さらには「ズルズルーッ」と箸でそばをすする仕草をする。横浜で一門会が開かれる時は高座に上げてもらうと言うだけあって、なかなか堂に入ったものだ。会場から拍手。
落語とラブレーの共通点の一つは「落ち」だとアンナさんは言う。例えば『厩火事』。無職で年下の夫の愛が不安になり、長屋のご隠居に相談して、夫が大事にしている瀬戸物をわざと割る。夫は慌てて駆け寄り、「怪我はねえか」と声を掛ける。女房が「私の体が大事かえ」と嬉しそうに言うと、夫は「あたり前だ。お前が怪我をしたら、明日から遊んでて酒が飲めねえ」。こういう落とし方は、 パンタグリュエルの従者が結婚で悩んだ話に似ているという。
もっと具体的に似ている話もある。ラブレーの従者の話の中に、焼き肉の煙に対して硬貨の音で支払う話が出て来るが、『しわい屋』に出てくる小咄 は焼き肉を鰻に替えればそっくりだという。ここいら辺の語りは落語そのもの。うなぎ屋の小僧が隣の家に匂いの〝嗅ぎ賃〟をとりにくる。
 ――嗅ぎ賃? ケチなこと言ってんねえ。あー、よしよし払ってやる、さ、これだ。
 ――へ、ありがとう存じます。
 ――手ぇ出しちゃいけないよ。嗅ぎ賃だから、音だけ聞いて帰んなさい。
この後アンナさんは「あの、拍手頂いてもいいんですけど」と言ったので、みんな大笑い。
アンナさんは最後にもう一つ、人間らしい愚かさを描いた落語の小咄を披露した。
 知ったかぶりのご婦人がフランス絵画展を見に行きました。
 ――あれは存じておりますわ。マネでざましょ?
 ――奥様、あれはモネでございます。
 ――あら。ああ、そちらはモネざましょ?
 ――すみません。それはマネです。
 ――あらま。これは分かりますわ。ピカソですわ。
 ――奥様、それは鏡でございます。
「この小咄はフランス小咄から来ている、という説をオチとさせて頂きます」

※ 講演の詳細は2022年9月発売の『ヨコハマ文芸』第8号に載録します。